いちとはぎの新婚生活


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徳川家に伝わる徳川四百年の内緒話(著:德川宗英)

f0022130_15414.jpg徳川家に伝わる徳川四百年の内緒話
著:德川宗英
文春文庫

先日の『徳川慶喜家にようこそ』に続いて、徳川家のご子孫によるもの。

德川慶喜の曾孫である德川慶朝氏による『德川慶喜家にようこそ』が純粋なエッセイであるのに対し、御三卿の田安德川家第11代当主たる德川宗英氏の著作は、よくある雑学ものといった感じ。(でもワタクシ雑学ものも好きなんです(笑))

「徳川家に伝わる徳川四百年の内緒話」と言いつつも本当の内緒話はほとんど無く、どこかで読んだような話が多いのだけど、それでもこの本をただの雑学本ではなくしているのが、やはり著者の德川宗英氏の出自であり、氏ならではの話題でしょう。
德川慶朝氏よりも一世代上である宗英氏は、戦前の華族の暮らしを直接に体験した世代であるだけあって、お女中が何十人もいる中で「若様」と呼ばれて育てられたという話は、なんだか遥か昔の物語のような気がしてしまいます。

個人的に初耳だった話をいくつか書き留めておこう。

大政奉還後、德川慶喜が将軍職を辞したあとに德川の宗家を継いだ德川家達が、大正三年に内閣総理大臣の就任を要請され、天皇の下命まであったにも関わらず辞退していたとの事。この決断に対し、朝日新聞は「高貴でおおらかな家達氏は、政治の濁流にもまれるべきではない」と賛意を表明したのだとか。
なおこの家達、慶喜に対して心穏やかならぬ思いもあったらしく、一族の集まりの場で慶喜が床柱を背に座っていると、遅れてやってきた家達が「おや、私の座るところがない」と言ったという。

德川光圀は隠居後、野良仕事に精を出し年貢まで納めていた(笑)

德川宗英氏の曽祖父戸田氏共は明治の初年にオーストリア公使を務めていたのだが、なんとヴィーンの公使館にヨハネス・ブラームスがやってきて極子夫人の弾く琴を聴き、お礼に楽譜にサインをしてプレゼントしてくれたらしい。ブラームスが日本の音楽の楽譜を手に入れ、一部には本人によると思われる書き込みがあることや、どこかで琴を聴いたことがあるらしいと言うことは知っていたけれど、てっきり1873年のヴィーン万国博覧会での出来事かと思っていました。
戦災により戸田家の邸宅が焼けてしまったため、確たる証拠が残っていないというのは本当に残念。

イチ
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by clemenskrauss | 2008-06-25 23:45 | 積読日誌